最終的には日本人学校ではなく、現地の人たちの障害児教育に携わることのできる協力隊の道を選んだ。自分の思いとしては、「アナタ、ナニシニキタ?」と言われるような、まだ何も始まっていない国よりは、ある程度形が出来てきて、あと一歩を踏み出すための技術を求めているような、活動先でも必要性を感じていて、要請する目的がはっきりした国に行きたいと思った。日本の職場でそろそろ中堅として、大きな仕事を任され始めるところでの2年間のブランクを、現地の人の理解を求めるために費やすのは怖い。障害児学級担任として、まだまだ非常に未熟なワタクシめの場合は、今こそ指導技術を磨かないとホントにまずいのであ〜る;;。教員としてマイナスになっては、帰国後は(ますます!?)使いモノにならなくなり、迷惑で困った中堅になってしまうのであ〜る;;。だから、わたしは何が何でも、現地で指導技術や教員としての力量をアップさせないといけないのだ。実は、そこに対する焦りや気負いはスコシある;;。6年間教員生活をしてきて、自分の苦手なところ、人より劣っているところがわかってきただけに…。
あ、あと希望通りになることなんてほとんど無いと聞いていたが、やはり気になるのは、どの辺に行きたいかということ。わたしの希望ぴったり合う要請は、中米『ベリーズ』、アジア『マレーシア』の二つで、小学校の障害児学級。それから、場所的に興味を持ったのは、中近東『ヨルダン』、南米『パラグアイ』。これは特殊教育センターのようなところだけど、自分がやってきたところの延長線上にあるかなって感じだった。すごく迷った。希望通りになるとは限らないのに。でも迷った。
で、自分の中でまとまったこと(最終的にまとまったのは二次試験の技術面接の真っ最中♪)
1年9ヶ月の珍しい体験ではなく、現実とつながった時間にしたい
最初はラテンに憧れて、中南米に行きたいと思っていた。日系人にも興味があったし。その後、中近東のヨルダンも、これまで全く縁がなかったところだったので気になった。でも両方ともすごく遠い。帰ってきたら遠すぎて、現実から切り離された思い出になってしまうのかな?ということに寂しさとむなしさを感じた(アフリカに行っていた同僚がそうだった。でもその同僚の場合は、現実からはほど遠いことに良さを感じていたので、寂しさやむなしさは感じることもなく、オッケーなのだ)。わたし的には、1年9ヶ月の珍しい体験ではなく、現実とつながった時間にしたかった。きっともっと若かったら、あるいは仕事の面でブランクも感じないほどの経験があれば前者を望むだろうけど;;。だから活動内容も、小学校の障害児学級がベスト。さらに日本人がある程度いる国に行きたいという気持ちもあった。お恥ずかしいが;;海外に行くと3日でホームシックになるわたしには滞在中も大きな助けになると思うし、帰国後に友達が増えていることが最大のメリット(出産育児で友達はどんどん縁遠くなってきている悲しきお年頃ですから…;)。協力隊関係者の中には、「日本人が一人もいないところがいい!」という人が多いが、わたしには無理;;。ときどき日本の価値観で話ができることは、必要不可欠!どこかで日本につながっていたいと思う。このような考え方は否定的に取られがちだけど、自分的には100人いれば100様の思いや目的があるわけで、いわゆる世間でイメージされている協力隊員とわたしの望む像は少し違う。ちなみに日本でも都会好き。現地でも離島や田舎より、都心に近い方がいい♪(旅は離島が大好きだけど、住むのは絶対都会派なのであります。)都会度に重きを置くと、断トツ『ヨルダン』。派遣先は首都のアンマン。でも普段は何も言わない親まで心配した。ヨルダンは安全だと言われていても、いつも何も言わない親が心配すると、ちょっと気持ちが揺れる。ベリーズは英語圏だが、人口があまりに少ない。そして当然のことながら日本人も少ない。…と、なると、マレーシア!?(とにかく国選びは、空想の世界で舞い上がっている分、思考がめちゃくちゃ;;多少の矛盾もたくさんあるはず;;。でも、こんな風に世界中に思いを巡らせるのは初めて♪楽しかった〜)
それからはマレーシアに思いを巡らせてみた…。
自分の中で『アジア人である』という意識が低いという事実がある。これはマズイ。ラテンや中近東に行く前にアジアでしょ?という思いがとても強くなった。そんなわけでマレーシアがベストという思いにたどり着いた。信教の自由を認めながら、国教はイスラム教。生活にしっかりと根付く宗教。すごい異文化。
最終的に固まったのは、二次試験の技術面接の時だけど(笑);;。
そしてまんまと派遣国がマレーシアに決まった。びっくりした。悩んだ甲斐があったとはこういうものだ。
臆病者のワタクシめは、すぐにOBを紹介してもらい、さらには派遣先の前任者、前入居者とコンタクトを取り、情報を入手。どうやら、マレーシアは相当住み心地がいい、ラブリーな国らしい。そして派遣先の州で活動する6人くらいの隊員は、みんな同じアパートらしい。嫌がる人は嫌がるだろうけど、わたしにとっては朗報♪現在は教員住宅に住んでいるが、同じ建物に友達が住んでいるって本当に素晴らしい。学生時代と違って、しょっちゅう会うことは無いけど、本当に困ったとき、苦しいときにすごく頼りになる。そして活動先のボスも同僚も意欲的でいい人らしい。
ここまで希望が通ったなら、あとは自分次第。日本での仕事を全うして、出発の準備もしっかりしよう。




